白洲信哉 SHIRASU SHINYA OFFICIAL WEBSITE


平成22年9月1日(水)

 今秋初秋刀魚
 

 今年のような残暑は経験がない。こはだの新子も順調に成長しているようで、年に一度の寿司幸さんにも行ってきた。典型的な江戸前の店が少なくなったなかで、貴重なご主人だ。年追うにつれてせっかちになっていくのも、あの親父さんだと許せるように思うから不思議。そうそう、茂木さんがわざわざ寿司屋にMacのソフトを届けてくれた。この前もここに届けものがあったのだが、寿司屋が宅配の中継地になっている!

 だが、サンマは駄目なようで、値段も手ごろなものがあったので焼いてみたけど、油がぬけている。天候に左右されるのは人間ばかりではない。

 古都逍遥の撮影で奈良の当麻寺に。座っているだけで汗がでてくる。ゲストの村治佳織さんも、ときどき行くスペインより暑い!と。スペインの日差しは強いけど、湿度が低いので日陰はなんとか過せる。暑さの質の違いがあるということ。厳しい環境にあって、1400年前の塑像の仏がお堂に鎮座しているのは、奇跡のようなことに思えてきた。西国浄土、という思想の原点はこの地にあるのだが、平等院に帰結する「だれでも平等に極楽に浄土できる」という考えが、欧州の市民革命以前にわが国にはあったのである。日本の風土、風景の恩恵でもあるし、暑さも有りがたいと考えておくことにする。

 東京に戻る途中で信じられない連絡が入る。国の行政指導というのは、国の活力を無くすことになるであろう。頭にくるけど机上の空論をおしつける人というのは、有る意味かわいそうな人生だ。自らが汗をかき、努力することをしらないで死んで行くのだから。

 文化とは自ら種を播き、摘み取るもの。一定の位にある人は、一定期間稲作を経験することを義務付けるべきではないかと真剣に思う。





平成22年8月30日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第32回 〜地域住民に愛される日本最古の三尊石仏〜》が掲載されました。





平成22年8月27日(金)

 十一面観音は
 さまざまなものに
 変化する

 観世喜正氏にお会いする。最後のお願いだ。白洲展の展覧会の趣旨などお話すると、翁面を出してくださる。たっぷりとして彫りの深い、いい面である。「神と仏、自然への祈り」という展覧会には欠かせないと思う。喜正氏は矢来能楽堂の舞台に面をお持ちになり、舞台でみるとまた違ってみえる。毎年新春の舞台開きにこの面をつけて舞うそうだ。

 仏像は拝むもの、骨董はつかうもの、面は被るもの、当たり前のことだがモノへの愛着や信心がなくなれば、国宝の観音像もただのオブジェにすぎない。ご神木も人から祈られることで、カミが宿るのである。ただの大木との差は、人々の愛情の差で、日本のものはその傾向が強いように思う。

 夕方、嬉しい連絡を頂戴する。笠井さん、大変お世話になりました。


 支持率10パーセントにも満たない新総理が誕生する。もう逃げていられなくなったのだろう。大人の解決もできず、適切な経済へのメッセージも出せず、ただ集まって「検討」している。まだ「やるやる」と言っていた前政権のほうが少しはマシと思う。寂しいことだ。

 地位が器をつくるというけど、やっぱり元の器がないものには駄目なのであろうか。危機的な、と叫ぶだけで官僚のレールを歩いているだけ、レールを歩くのが苦手な東北の駄々っ子のほうがいいかもしれないとも思う。でも、ちょっと騒ぎすぎじゃないかな。政権与党が分裂なんかするわけないでしょう!小選挙区というのはそういう制度なんだから、選挙一番の議員の判断はそこにしかないのです。

 昨日の小沢氏の講演で出馬表明をしなかったことばかり報道しているが、「米国は単細胞」とか「英国人は嫌い」とか、全体の趣旨がわかないけど、そんな発言のほうが問題なんではないだろうか。お金も問題なんかより、基本的な人間として、政治家としての資質に欠けているように思う。個人的な意見は尊重するが、少なくても公の場で言うべきことではない。

 しばらくはただの政治感覚ゼロの市民運動家と、政治屋的プロの喧嘩にならない喧嘩をみせられるだけ、、、、わが国のインテリジェンスは死んだのであろうか。





平成22年8月25日(水)

 火がつけられた。
 

 京都市北部、広河原の松上げと久多の花笠踊り、どちらも十年ぶりに行く。先日もこの辺りをうろついたが、その時よりも蒸し暑かった。今年の残暑は厳しいだろう。

 この十年ほど、祖母が歩いた場所をめぐってきたが、大きく変貌した土地も数多くあった。時代の変化で致し方ない思うこともあるけど、山奥の素朴な信仰は四十年前の記述そのままだった。

 突然、目の前がひらけて、夢のような光景が現れた。正面の山から、前の田んぼにかけてまばゆいばかりの火の海である。その間を松明をかかげて、おそろしい勢いで火をつけて回る人影が、まるで火天か韋駄天のように見える。夢ではないか、狐につままれたのではないかと、私は何度も目をこすった。

 近づいてみると、一間おきぐらいに、丈の高い松明ようのものが立ち、それが何千となく野山を埋めている。今、その「地松」に、いっせいに点火したところであった。暗くてよく見えないが、田んぼの先に川があり、その向こうが山で、橋から先は聖地になっていて、一般の人は入れない。やがて、太鼓が鳴りわたり、急調子に変わるとともに、「松上げ」の行事がはじまった。

 それはほんとうの「松あげ」であった。聖地の中心に、二十メートルもある「灯籠木」をたて、その天辺に大きな籠がとりつけてある。籠の中には薪が詰めてあって、それを目がけて周囲から、火種をほうりこむ。火種は「松のジン」といって、油の多い松の心を、丸くたばねて紐がついている。その紐をにぎって、ほうりあげるいのだが、何せ高いので中々うまく入らない。たまに入っても、消えてしまう。その間神主さんはお宮の中で祈っているというが、昔は朝まで火がつかないこともあって、そんなときは河原へ下りて禊を行ったという。

 そんなことにならなければいいがと思っていると、そのうち一つがおさまって、くすぶっていたが、いきなりぱっと燃え上がった。拍手が起こる。歓声があがる。拝んでいる人もある。正に神様の御降臨だ。そうとしか言いようのない風景で、ひとしきりざわめいた後、奇妙な沈黙がおとずれ、薪のはぜる音があたりを圧し、盛んな火災が夜空を焦がす。それも数分のことで、大きく火の粉が舞い上がったとみるや、地ひびきを立てて灯籠木が倒れ、そのまま地上で燃え続ける。そうして天から降った神様は、地に落ち着き、豊作を約束して下さるのであろう。祭りに参加した村の人々は、神火のもとで勢揃いし、木やりを歌いながらゆっくり引き上げて行く。折からのぼった月に照らされて、これはなんともいえず気分のよいものであった。観光とはまったく関係のない自分たちだけのお祭り、太古のままの火の行事は、私が見た多くの祭りの中でももっとも感動にみちた光景だった。

「白洲正子 かくれ里 山国の火祭」

 朝起きて昼過ぎに東京へ戻ってきたが、同時代とは思えない都会の風景。新幹線のなかで読んだ「数学とは情緒である」という岡潔さんの言葉が気になって仕方がない。


 入った。ついた。
 


 倒れる。
 


 倒れた籠松明と
 格闘する村人





平成22年8月23日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第31回 〜熊野古道の守り神〜》が掲載されました。





平成22年8月18日(水)
 軽井沢も暑い。蒸す。汗をかくので仕方なく毎日シャワーを浴びている。今年猛暑なのは頷けました。

 ここに来る前、世田谷美術館で開催されているヴィンタントウール展にいってきた。なかなか粒ぞろいのいい展覧会でした。オルセーはこれからもみる機会があると思うけど、スイスの片田舎の美術館なので、僕は行くことはないと思うし、もう日本に来ることもないとう触れ込みだ。

 ドガやルノアールが彫刻をしているとは知らなかった。馬なんてドガのデッサンのそっくりだし、裸婦はルノアールのふくよかな女性だった。反対に?ジャコメッテイが油絵を描いていた。一流の人はなにをやっても上手いんですね。ゴッホの郵便配達もはじめてだった。ここのコレクションにはなにやら通観しているものがあるようだ。ロシアのヤウレンスキ-。一枚しか展示がなかったけどもっとみてみたい人、カンデンスキーの友人だそうだ。

 こんな話を軽井沢でしていたら、現地に行ったことがある瀬津一家は、「あそこの地下室にあるクレーのコレクションは凄かったねー」と。特別に拝見したそうだ!

 これは初めてMacを使って書いている。ワードとかはダメだけど「勝手に電波をひろってくれる」という茂木さんの言葉は嘘ではなかった。だからなにもしなくてもつながっている。去年、軽井沢では電波が弱くて困ったけど快適である。茂木さんからツイッターのやりかたわかったか?と聞かれたけどそちらのほうは相変わらずである。





平成22年8月15日(日)

 再び三上山
 

 お盆休みなのだが、今年は東京にいる。秋に開催される展覧会、とんぼの本、家庭画報のまとめなどやることが多く・・・とんぼの金川さんは胃がおかしくなり、NHKの田中さんはぎっくり腰。みんな暑い、いや熱い夏を過ごしている。

 昨日の茂木さんの日記にあるバブルにはとうてい及ばないけど、あれだけの仕事をよくこなすと本当に感心している。内田樹さんのブログをはじめて拝見。僕は彼らほどの依頼は来ないけど、内田さんがいう「狭量なる人間」に非常に近い。初対面で名前に「州」と三水がない依頼がくれば返事しない。わずかしか出ていない本を読んでいない人は内田さんと同じく論外。僕は講演で目の前で寝られたら起こすけど、いい仕事というのはキャッチボールのなかで生まれていくものだと思う。内田さんが「読みたい本を読まず、見たい映画も見ず、会いたい人にも会わず、稽古も休み、旅行も諦め…」同感である。最後の伊丹氏の受け答えは痛快だ。まあ、一生に一度くらいは味わってみたいものだが無理であろう。

 三井記念美術館に「会津八一展」を見に行く。今週は遅くまでやっているので空いていると思ったら、お盆で道まですいていた。中宮寺の半跏像も室生寺の釈迦如来もなかったけど、ゆっくり拝見できる。五劫思惟阿弥陀如来座像は「なにこれ」と僕も思った。檜の一木とあり二度驚く。鎌倉時代になると技巧が過剰になるきらいがあるけど、ここまでくるとは恐れ入った。法隆寺の天蓋はやっぱりいいね。あれなら家における。

 調べものがあって有栖川の都立図書館へ行った。久しぶりに入ったら、どうも景色が違う。目録の棚がなくなりパソコンが並んでいる。前もって欲しい本の目録をコピーしておいたので、どこに出すのかと案内のかたに聞いたら、あそこのパソコンで番号をいれてください、という。「では紙はどこに?」というと「飛んでいきますから!」という。「飛ぶ?」「紙が飛ぶ???」わけわからない顔をしていたのか、やってくれた。そして「あのボードの番号が出ますから」と。いやいや驚いた。昔はコピーしてもらったのだが、自分でコピーをして帰る。

 今年は日韓併合100年ということで、政府はお詫びとなにやら資料を返還するとの総理談話。未来志向というけど、過去にはかえれないのだから、未来というの当たり前の話だ。こちらが加害者であちらが被害者 というのも事実。でもそれ以上ではないと思う。戦争とはそんなに簡単に論じることができないもので、いくら真摯に対応して理解得られるものではない。

 あの資料がどこだけのものかしらないが、賠償問題は解決しているから返還ではなく、差し出すのだそうだ。言葉の遊びをやっているのではない。占領下の得たものを返していたら、世界中の名のある美術館はなくなってしまうし、一度火がつくと要求はずっと続くから、欧米はしらぬぞんぜずと通しているのであろう。ほんとに大人の対応だ。そのうち「秀吉が朝鮮出兵で侵略したときに奪った井戸茶碗を返せ!」といいかねない。相手の機嫌を考えるのではなく、ユーロのような壮大な未来を目指して欲しいものだ。

 明日から勲に呼ばれたので軽井沢にいってくる。井戸茶碗と同じ時代の三島の茶碗を買ったそうだ。


 丹生都売神社本殿
 





平成22年8月9日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第30回 〜円空が験力を備えた地〜》が掲載されました。





平成22年8月8日(日)

 天野
 丹生都売神社

 ポストの面々とは酷暑の名古屋で別れ京都へ。名古屋の雲が綺麗だった。

 京都駅前のホテルで陶芸家の福森さん、染色家と陶芸家半分づつの?菅原匠夫妻、編集の押鐘さんとフランス在26年の武田カメラマンと待ち合わせる。京都北部美山の美山荘へ。川に面した縁側が気持ち良かったので、福森さんとビールを注文。するとアルコールが駄目な武田さんが、「ここはビールのCMで使われていませんか?」という。日本にいないのにプロのカメラマンは見るところが違う。気持がよく縁側で朝まで寝た。

 美山は過し易いのでずっと居たかったが、そんなこと許されるわけはない。滋賀、奈良、和歌山各地のかくれ里を周り伊賀の福森邸へ。帰省がはじまっているらしいが、故郷をもたない僕にとってはある意味の故郷である。はじめて中学の時に伺って、井戸のあたりにお供えして、その横で焚いた火が印象的だった。なんで火をと福森さんに聞くと「ご先祖様が迷わないように目印なんだ」と。そのときは何のことかはっきりしなかったが、日本のお盆の強烈なワンカットとして僕の胸に強く刻まれた。年を追うごとに、都会育ちでは味わえない、生活に密着した歴史を羨ましく感じる。詳細は家庭画報11月号をお楽しみに!


 再び檜原神社から
 二上山をのぞむ


 伊賀 福森邸
 日本一のヒレ肉





平成22年8月3日(火)

 須須神社
 神像

 イヤー暑いですね。今週は取材が重なって旅に出ている。

 羽田で小学館の太田さんと、「反省だけなら猿でもできる」という文句の団扇を扇ぐ酒井さんと会い、飛行機で輪島に飛ぶ。珠洲の須須神社へ。猿女さんという凄い名前の宮司様に収蔵庫の扉をあけて頂く。表情豊かな五体の男神像。鎌倉時代というけどヒノキに彫られた一品で、狼煙の地に相応しい守り神だ。

 高岡に移動して二上射水神社へ。このあたりの山で枯れた木が目立つので伺ってみると、樫とかにつく虫がこの夏から猛威をふるって枯れているそうだ。松食い虫が十年来はやっていたが、森でなにかが起きているのかもしれない。

 鉈彫りの男神像にはほれぼれした。速玉の神像にもまけない威厳と風格に溢れている。神像は仏像に比べて地味な存在だが、もっともっと見直されるべきだ。仏像とか神像とかこれは勝手につけた名前で、彫る側にはただ強い信仰があっただけなのだ。魂がこもった像だった。


 名古屋市長である旧知の河村さんが戦っている。品がいいとは言えないけど、やっていることには基本的に賛成だし、もっと戦う首長がでてこないとならない。独裁者ははやらないけど、ここまできた自治体の議員とか職員とか、かれらに任せてはおけない。ただ「流れ」に任せているだけなのだから、なにもする気はないし、現状維持の素晴らしくよくできた組織である。民主主義は一人一人の市民が声をあげないと変わらないという面倒な体制だけど、声をあげたら変わるのだ。阿久根市政のことは不案内だが、体制の変革にはいろんなかたが出てきたほうがいいと思う。地方議会というのは見識ある横丁の隠居が、なにかあったときに意見を言うくらいでいいんじゃないかな。すくなくても職業でやるべきじゃない。


 二上射水神社
 男神像


 富山 日石寺
 不動明王
 これも含めポストを
 お楽しみに





平成22年8月2日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第29回 〜修験者が洞窟から見た景色〜》が掲載されました。





平成22年7月28日(水)

 白洲旧蔵女神像
 

 大相撲横綱白鵬が見事に優勝した。嬉し涙の意味が「賜杯がなくてさびしくて…」というものだった。かれは日本人ではないが、誰より日本人の心をもって、われわれの伝統文化を支えてくれている。連勝記録が樹立したら、陛下から直接賜ってもらいたいものだ。あの涙は本物。

 異民族に対する偏見をもつことがままあるけど、白鵬をみているとわが国はアジア民族の吹き溜まりにあるんだと改めて感じる。中世民俗学の網野さんが「日本海を大きな内海」と大陸からみた視点で地図を逆さまにされていたが、国とか民族とか関係なく、船団が縦横無尽にいきかう海洋国家だったのだ。鎖国、が続いているわけではないが、閉鎖的な国の体質はあまりかわっていないような気がする。

 MIHO MUSEUMの金子さんから、陣中見舞いの電話をもらった。僕が秋からの展覧会で頭に来ている頃と思ったらしい。確かにその通りで、いいときもあれば、信じられないことがおこる。かれとは二度、展覧会を企画しているが、モノをどうみせるか?図録は、ポスターは?と暑い夏を過ごした。今回は仕事でないのがすこし寂しいが、三回目となる新潮社の金川さんに児玉さんは「今年夏休みはない」と公言している。

 その展覧会の出品作品の撮影で、群馬と栃木県に行ってきた。ひとつは安田画伯旧蔵神像の残欠、ひとつは白洲旧蔵の女神像。どちらもうぶな美しさがあり、信仰の対象であったように思う。金子さんもみたら興奮しただろう。写真は旧知の野中さんが撮影した。だんだんといいものができるような気がしてきた。





平成22年7月26日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第28回 〜円空が訪れた荒ぶる山・駒ヶ岳〜》と《古都逍遥 庭園に遊ぶ》が掲載されました。





平成22年7月23日(金)

 屋久杉に当たる
 太陽の光

 暦の上では大暑。ほんとうに大暑だ。

 家中のブラインドを昼間からしめ、太陽を遮断して仕事をしている。不健康にみえるけど、外を歩くほうがよくないんじゃないかと思う。 ロンドンから友人の昭夫が来たので、久しぶりにBAR無垢の渡辺さんを交え夕方から飲む。無垢さんともかれこれ何年の付き合いになろうか。いい時も悪い時も、酔った時もうるさいときも、お互いいろいろありいまに至っている。本音で付き合えるというのが嬉しい。

 いま彼に、僕の祖父が京都のお茶屋さんに送った樽を預かって貰っている。何年か前に折角なので「再生してみましょうよ」ということになって、僕が京都から借りてきて、なんどかボトルリングした。そのラベルを昭夫がつくっている。樽はいつもウイスキーがはいっていないと痛むそうで、再生するときは一度ばらし削って使えるようにした。

 しばらくしていないので、秋にやりましょう、ということになっている。何をいれるか?ラベルをどうするか?ものづくりというのは本当に楽しいものだ。来年には仕上がったボトルを、お茶屋さんへ持って行って女将さんに手を合わせようと思っている。


 茂木さんが盛んにすすめるから、MACというものを買った。果たしてこれを動かせることができるであろうか?





平成22年7月20日(火)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第27回 〜厳寒の地で微笑む円空仏〜》が掲載されました。





平成22年7月17日(土)

 ある日
 鎌倉の空

 梅雨明けですね。しばらくは冷房に籠もっていよう。ちょうど?仕事もたくさんある。富士山の麓に行ってきたけど、一度も顔出さず残念。最近は中国のかたとか、富士山人気だそうだ。かれらはどんなふうに富士をみているのか?明治維新の政策で、修験道が廃止され富士修験はなくなったが、富士登山は人気がある。「山に籠もり感得し、なにかを産み出す」。修験の根本は現代に通じるものだと思う。一日登山では、なにも「産む」ことはできない。

 今日の茂木さんのブログに「明治からの脱藩」とある。先の修験に代表される神仏分離の政策は、明治からはじまる近代国家体制にある一定の成果があった。戦後、「信仰の自由」は認められたというけど、明治から脱却はしていないと思う。

 神社では伊勢が一番のように扱われ、明治のときまで御所にあった天皇家歴代のご位牌や念持仏も、天皇家の御寺である泉涌寺に預けられたままである。仏教が伝来し、長い間神様と仏様が同居していた日本。明治の政策で、神宮寺や仏像は破壊され、各地にある神宮が建立された。だが、さまざまなことが多様化している現代に、ある意味一神教化した体制はそぐわないのである。

 茂木さんの東大もしかり。わが国の象徴である家が、先祖供養を放棄しているかのような現状もしかり。とくに考えもせずに、ひいてあるレールの上を歩いているだけのように思う。

 国の方針を決める政府に立法府。ねじれ というのは今までのレールからでる発想だ。言論の府なのだから、議論を尽くし法律をつくればいいんだが、官僚がひいたレールに、ただ投票するだけの議会だったということだ。大体、いまを大変な状況 といいながら夏国会は開かれないんだから、お気楽な人たちだ。国会会期なんてなくして、通年国会にしたらいいんです。

 近代から脱却するには、江戸時代がそうであったように、地方にお金と教育をはじめとする権限をかえすことだ。政府のやることは外交と安全保障など大きな方針だけでいいし、まずは天皇家に京都へおかえりになって頂きたいと真面目に思う。





平成22年7月12日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第26回 〜謎多き「丹波の正倉院」〜》が掲載されました。





平成22年7月7日(水)
 政権交代から1年弱。こんなに盛り上がらない選挙も珍しい。だいたい政党が多過ぎるし、言ってることはたいして違いはない。参議院というものがいらないんじゃないかな。政権与党というのは、多数をとって政策を実行することなのに、税制について話し合うのだそうだ。これでは責任放棄じゃないか。税金と言うもっとも国の根幹について、責任をもってやるつもりがないのだから開いた口がふさがらない。

 相撲の件も残念だ。とくに琴光喜がかわいそうだね。八百長相撲だってもとは「人情」から生まれてくるものでしょう。暴力団との付き合いがあるとかないとか、ないのならやめる必要があるのかな。金額は大きいけど身内の賭けごとでしょう。貴乃花の言っていること、やり直せるチャンスという「人情」があってもいいと思う。だいだい裁いている人、あのかたは土建屋と談合している人でしょう。人の人生を裁くなんて大変なこと、少なくても笑いながらやるもんじゃない。土俵は神聖な場所なのだから、それに相応しい人がやるべきである。

 七夕だ。だからと言って何をするわけではないのでが、夜空は見上げようと思う。





平成22年7月5日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第25回 〜長く秘仏として鎮座した金色像〜》が掲載されました。





平成22年7月1日(木)

 一刀岩
 

 あっという間に半年過ぎた。薬師寺の村上執事長からの命令で大垣に講演に行く。「躾を考える会」というすごい名前の会だった。今年は岐阜県に縁があるみたいで、取材に行ったり講演も2度目。いや、あれも去年のことだったか?

 もどって「白洲展」打ち合わせ。日曜は横浜のそごう美術館で開かれている尾久さんの展覧会に呼ばれてかれと話す。何年ぶりかだったけど、モノが好きなもの同士に年齢の差はなく、言葉は無用な世界だと確認する。それにしてもあれだけよく蒐集したと感心する。僕にはあのような情熱はない。かれがいなくなった民芸館の今後が心配である。

 いろいろ腹が立つこともあり、古都逍遥の撮影地吉野へ車を飛ばして行く。東京から吉野へは京都と同距離の500キロ。休まず飛ばしたら気分がよかった。晩は吉野の宿でサッカーの応援、蔵王権現は願いを聞いてはくださらなかった!ゲストは女優の羽田美智子さん、今月末のポストに登場します。お楽しみに。

 あ、そうだ。瀬津勲に誘われて千宗屋若と久しぶりに会った。コヒキノカイ、あれからずっと心待ちにしております!!!!





平成22年6月28日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第24回 〜しとやかで美しく輝く本尊〜》が掲載されました。





平成22年6月25日(金)

 天一神社
 詳細は何号かのちの
 週刊ポストをご覧ください。

 決勝トーナメント進出おめでとうございます。3点もとれるチームだったとは恐れ入りました。

 世界の映像をみていると、観衆は首都の広場に集まって応援している。我が国はサッカーのスタジアムや渋谷の交差点という貧相な様相だ。国をあげて応援出来る場所はないのだろうか?皇居前広場において他にはないんじゃないかな?松林の道路くらい解放しないかな。まかり間違って決勝までいったときには、国をあげたものに相応しい場というものを考えて貰いたい。

 それを考える国の選挙がはじまった。サッカーの映像に比べるまでもなく、「恐怖のワンパターン」に感じるものはなにもない。さっさと投票だけは行こうと思うけど、市民運動家の政治センスのなさには呆れるばかりだ。相撲の問題も同様だ。野球賭博 というのは違法なのでしょう。やっている当人が逮捕されないで、恐喝したという容疑者が逮捕される。なんだか変だ。

 以前勤めていた細川元総理の美術館がある目白本邸には、横綱が土俵入りしたときの写真が残されている。誰だったのか定かではないが、聞いた話では、相撲の免状(横綱だけだとおもう)は、熊本の吉田司家というのが権利をもっていた。横綱に推挙されるたびに熊本まで免状をもらいに行ったという。明治の中央集権化で多くのものが東京に集中し、前出の細川家などの大名家も東京に移住し、殿様が吉田司家のその職務を代行していた時期のことだそうだ。いまの明治神宮で行われる土俵入りに近いものだと思う。詳細は不明だが大正の頃に発足した相撲協会が、全国的な組織に統合していったのであろう。

 相撲は国技というか、どこの地域でも秋祭りなどに神様に奉納したもので、神社には能舞台と並んであったものだ。相撲の免除が熊本の家に権限があったというのも、地方の文化として発展していった一つの証拠である。熊本にとってもつくづく惜しいことをしたと思うし、近代国家の合理化の名のもとに犠牲となったものがたくさんある。いまやこれだけ交通網が発達したのだから、どんどん地方に戻す運動をしないとならない。東京は経済都市であって文化都市ではないと思っている。





平成22年6月21日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第23回 〜「うば桜」伝説が残る古刹〜》が掲載されました。





平成22年6月20日(日)

 バーでパソコン開いて
 仕事をする賢いホームレス

 また、茂木さんに日記の種を与えてしまった。(クオリア日記本日付)。前回は下着を裏返すことが受けていたけど、賢いかたなんだが「アルファロメオってどこの車?」と真顔で聞いてくる。火山で帰国出来なくなれば、チェコからミュンヘンまでタクシーを拾う人です!。僕はレンタカーを借りるけど、人の思考というのは多様である。アルファはなくならないけど、ITの機器なんてすぐ消えてなくなるので、その名前なんてあまり意味があることだとは思わない。まあ、これも同じ理屈だから、反論しても仕方ないけど、なにか言わないと、かれが普通だと思う人が増殖するのはいかん。あるかたが「かしこいホームレス」と命名したとそうだが、「ある一面はかしこいホームレス」であろう。

 でも食事をしていて、「ちょっとトイレにいってくる」と言ってなにかをわしづかみにして出て行ったら、青い22番のユニホームに着替えて帰ってきた。誤解あるといけないので言っておきますが、僕は負けることを予言しているのではなく、応援して負けると本当に悔しいだけなのです。そういう真剣さがちと足りないと思う。

 ワールドカップの年に英国にいたことがあった。ドイツ(確か)との決勝でイングランドは敗北したんだが、負けたとたんパブのなかは「しーん」となって、滞在していたヨークの町から人が消えた。応援する一種の覚悟があるんだと思った。 でも、今度のデンマーク戦はちゃんと応援しますから、(いい年してユニホームまで着る勇気はないけど)子どもっぽい行動はかれの美徳だから、それについては言う事がないです。いまは「たにがわ」に乗れたことと、稲妻に打たれないことを祈念しています。





平成22年6月18日(金)

 藤白峠
 地蔵堂

 ポストの取材で和歌山、奈良、京都を巡りもどる。今回はブヨの襲撃はなかったが、梅雨の合間となり天候に翻弄される。熊野古道の入口にある巨大なお地蔵さま、状態も非常に良好だった。桜井の石位寺の見事な白鳳仏。区長の森本さんほか村のかたの愛情が伝わってきた。お土産の三輪そうめんも美味かった。

 談山神社の長岡宮司に天一神社までご案内頂く。前先生とも御懇意でいらしたそうで、これからいいご縁につながれば嬉しい。翌日は柳生、当尾辺りを周回したくさんの石仏を拝むことができた。春日の後戸に弥勒の信仰が隠れている。「石」を考えるのにもここは外せない地域であろう。

 帰路、一元堂さんと合流し、旧知の神山繁さんにお会いする。骨董の世界では大先輩だが、「欲望」というものに衰えを感じない。手入れがいきとどいた庭もなかなか。恐れ入りました。奥高麗は「天下一」にぴったりでした。次回は手土産持参するので、「土産」を宜しくお願いしたいと存じます。

 これから福森さんが来る。今週は酒つけの日々である。


 石位寺
 


 天岩立神社
 


 岩船寺
 


 大門峠
 磨崖仏





平成22年6月7日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 連載第22回 〜一遍上人の声が聞こえてくるよう〜》が掲載されました。





平成22年6月6日(日)

 昭和新山
 

 菅直人さんが総理大臣になった。旧知の樽床さんが対抗馬になったのには驚いた。内容のない演説にはちょっと閉口するけど、彼らしい浪花節に好感をもつ。日本新党には、「国のため」とかいいながら、向上心の塊のような人たちが沢山寄ってきた。そしてそれを踏み台にして次へと渡っていく。それは仕方ないことにしても、樽床さんは最後までご一緒した数少ない人だ。「義」なんて時代遅れのことなのかもしれないが、僕は大切なことだと思っている。しかめっつらしたどこかの大臣や、細かなことを論理的に議論して(たいしたことしていないのに)、自分が一番偉いと思っているような奴らは頭くる。

 相変わらず小沢さんは人気ないけど、あのくらいの強面がそのうち懐かしくなると思う。四億円の原資が不明で処理が変だそうだが、クリーンなんて政治に求めることが不可能、いや世の中クリーンなことばかりで成立していなことはみんなが分かっていること。問題は税金を不正に使ったり、贈収賄があったりすること。法治国家なのにちっともそうではない。空気に流されるのは日本流だとは思うけど、我々が政治家に払い続けたコストを、もう最後を迎えている悪役に託してもいいんじゃないかな。「日本改造計画」なかなかの名著ですよ。これからどうなっていくかわからないけど、この党はこれで打ち止めかもしれない。「くさいものに蓋」をして、見かけをいくらよくしても、意味のないことだと思うし、その弊害だってあろう。可も不可もない「なんだかよさそう」な子どものような政治家が多いのは、「国難」とかいうけど、現状はそうでないことの証明なのかもしれない。

 今日はこれから京都日帰りしてくる。

 6月6日に雨が降るという歌が子どもの頃にあった。今日はいい天気のようだが、毎年この日にその歌を思い出す。でもなんの歌誌だったかは思い出せない。





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「白洲正子 生誕百年展」の探し物。所蔵先が不明なものがあります。行方を知っているかたがあれば、お手数ですがご連絡頂けたら幸いです。詳しくはこちらを。



DVD白洲正子の世界「道行抄・かくれ里を旅する」を頒布中です

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